「桜」
~桜文化を繋ぐもの~
2026年03月06日
執筆:営業統括 西山 正人

【桜の記憶】
桜の思い出は幼い頃から数多くありますが、会社生活のなかでは、東北勤務時代に職場の仲間と桜の名所に訪れたことが特に印象に残っています。
それまで私にとって桜や花見は、たくさんの桜の木が並び景色の半分が薄いピンク色に染まるイメージでした。しかし、福島県の「三春滝桜」(日本三大桜の一つ:樹齢1000年以上)や映画『初恋』の「小沢の桜」(主演:田中麗奈)は一本の象徴的な桜が青空の中に立ち、少し神聖なものを見ているようでした。
現在NHK朝ドラの『どんど晴れ』が再放送されていますが、オープニングに登場する桜(岩手県 小岩井農場)も一本桜でとても美しく晴れやかです。東北は冬が厳しいだけに春を告げる桜への思いが一層強いように感じました。
【ソメイヨシノの効用】
皆さんもご存じのことだと思いますが、日本の桜の約8割はソメイヨシノという品種で、江戸後期から明治初期に染井村(現豊島区駒込)で園芸業者が花見用として大量に植樹して全国に広まりました。
ソメイヨシノは接ぎ木や挿し木で増やすため、遺伝的にはほぼ同一のクローンです。そのため開花時期が揃いやすく、観光やイベントにも適していました。
さらに、気象庁が桜前線の観測に基準として採用したこともあり、「桜」と言えばソメイヨシノという印象が定着しました。卒業の季節や、入社や入学の時期に満開となり、さっと散っていく姿はドラマチックです。別れや、新たな出会いの節目を美しく彩る、そんな役割を担ってきました。
【新宿御苑と荒川堤の桜】
昨年の4月中旬、新宿御苑に訪れました。目的は新海誠監督の「言の葉の庭」の聖地巡礼だったのですが、御苑ではソメイヨシノだけではなく多くの種類の桜が目を楽しませてくれました。
調べてみると、ホームページ上では75種類もの桜が紹介されており、10月ごろから4月末まで様々な桜を楽しめることがわかりました。その種類の多さに驚き眺めているうちに、起源が荒川堤となっている桜が多いことに気づき、数えてみると20種もありました。そして荒川堤にとても興味が湧いたのです。
江戸時代から明治維新となり、大名家や、寺の没落などの影響で、多種多様な園芸品種(サトザクラ)は絶滅の危機に瀕しました。その状況を憂いた江北村(東京都足立区)の清水謙吾村長や植木職人たちが全国から希少な桜を集め、1886年、荒川の土手に約78種類・3000本以上を6kmに渡り植樹しました。そして荒川堤の桜は「五色桜」とよばれ全国に知られるようになったそうです。新宿御苑の技術者たちはその保存事業に関わり、今なお多くの品種が御苑に残されているのです。

新宿御苑 桜(イチヨウ(一葉)八重桜)

新宿御苑 桜(サツマカンザクラ(薩摩寒桜))

新宿御苑 桜(ヤエベニシダレ(八重紅枝垂れ)八重桜)
【荒川堤の桜とワシントンD.C.ポトマック河畔の桜】
ワシントンD.C.に日本から桜が寄贈された話は有名ですが、1909年に約2000本寄贈された桜は、病害虫が見つかり全て焼却処分になるという悲しい史実がありました。
3年後の1912年、威信をかけて苗木を作り直して約3000本を再度寄贈し、ポトマック河畔に見事に根付いたということです。その時の苗木のベースになったのが「荒川堤」のものであり、害虫対策も含めて最高の状態を目指したものでした。
当時、日露戦争後のアメリカではカリフォルニア州を中心に排日運動が起こっていました。桜の寄贈には、対日感情を改善したいというソフト外交の意味もあったようです。
しかし、桜の寄贈は外交政策だけで成立したものではありません。日本を訪れ、上野や向島の桜に魅せられた人たちの「なんとか桜をワシントンに」という強い思いが背景にあったのです。その中心にいたのは、紀行ジャーナリスト:エリザ・シドモア女史であり、そしてデイビット・フェアチャイルド(植物学博士)、ヘレン・タフト(第27代アメリカ大統領夫人)、高峰譲吉博士、尾崎行雄(東京市長)らがそれぞれの立場で繋がり、シドモア女史が桜に魅せられてから28年を経て、やっとその思いが実ったのです。そして現在では毎年3月下旬から4月の初旬、約4週間に渡って開催されるワシントンの「桜祭り(National Cherry Blossom Festival)」へと繋がっています。
【ワシントンポトマック河畔から再び荒川堤へ】
この話にはまだ続きがあります。五色桜で有名になった荒川堤の桜は、排気ガス等による公害や、戦災、河川改修等で全滅してしまったそうです。そして「世界に誇る桜の標本室」といわれた荒川堤の全滅を憂いた人たちによって、復活への努力がなされます。桜品種の宝庫であった荒川堤への苗の提供は簡単ではなく、一つは、新宿御苑にあったもの、そしてもう一つはワシントンポトマック河畔の桜に頼ることになりました。
1981年の桜の里帰りともいわれるワシントンからの大規模な提供は、当時のレーガン大統領夫人に直筆の手紙を送り、アメリカ政府を動かして実現したものです。足立区議会議員「サクラ議員」と呼ばれた高木聖鶴氏をはじめとした関係者の努力により、3~40年の月日をかけて荒川堤の桜は蘇りました。
桜にも寿命があります。1000年2000年と花を咲かせる神がかった桜の木もありますが、ソメイヨシノの寿命は60年から80年と言われており、一斉に植えられたものは一斉になくなるリスクがあります。ワシントンの桜も当初送られた約3000本の桜のうち生き残っているのは600本程で、現地で維持・再生努力が続けられています。日本においても同様で、桜並木を維持管理していくことは容易ではないと再認識しました。
【サグラダ・ファミリアと桜】
ここで桜と世界の意外なつながりについて触れたいと思います。今年は建築家アントニ・ガウディ没後100年にあたり、サグラダ・ファミリアの18の塔が完成する予定です(全体の完成は2030年代)。現在品川でガウディ展が開催され話題となっていますが、この想像をはるかに超える建築物を是非この目で見てみたいものだと思います。
外尾悦郎氏はサグラダ・ファミリアの主任彫刻家として「生誕のファザード」の装飾を手がけましたが、扉の装飾の中には、日本の象徴である「桜」の花が密かに刻まれています。これは外尾氏が日本人としてのアイデンティティと、ガウディの自然崇拝の思想を融合させた象徴的な表現といわれています。
また、ガウディの故郷であるカタルーニャ州リウドムス自治体には、日本との交流を記念して日本の桜が植えられています。 ここでは毎年、現地の「ガウディの家」近くでイベントが開催されるなど、ガウディのルーツと日本の文化が桜を通じて結びついています。これは、ほんの一例なのかもしれませんが、世界での桜の広がりは、未来の日本への贈り物のような気がします。
【おわりに・桜文化を守るもの】
桜並木の下でお弁当を広げ、お酒を頂き、桜の美しさと、高揚感を楽しむ。このいわゆる「花見」は日本固有の文化のようです。桜の花を観賞し、楽しむ催しは、海外でもあるようですがなぜか「花見」行事には広がらなかったようです。
この話は、先日参加した[作家:柚木麻子]×[翻訳家:ポリーバートン]のトークイベント「日本文学における共感と日本人への関心」に通じるものがあります。小説『BUTTER』は2017年に刊行されて、その時は日本ではそれほど話題にならなかったのですが、最近イギリスでブレイクして日本で再評価されている作品です(38か国で発売が決定)。ポリーバートン女史によると、日本人と、イギリス人で同じように感じる部分と、異なった感覚・反応をする部分があり翻訳家としてその2つの感覚を大事にしているということでした。
桜文化もおなじです。花の色や香り、春の空気をどう感じるかは国や世代によって異なりますが、その感覚が連鎖し、形を変えながら受け継がれることで文化は生き続けます。
しかし、この「花見」文化は日本でも確実に衰退している印象があります。東京商工リサーチの調査によると2025年に「お花見、歓迎会・懇親会」を開催した企業は23.8%、コロナ禍以降復活せず最低となったようです。過去、先人たちは「桜」を維持し、また、海外へ広めるため大変な努力をしてきました。しかし「桜文化」は、今を生きる私たちが、何をどう伝えるかで未来を決めるのだと思います。
最後に、生成AI(人工知能)の課題として「文化的バイアス」があります。これはAIが標準とするマナー、倫理観、歴史認識さらには、美しいと感じる美的感覚までもが、西欧的な価値観に引きずられている状態を指します。テクノロジーが文化のありかたに影響を与える時代に、私たちがどのような価値を次世代に伝えていくかがますます重要になっています。
みなさんにとって、桜文化とは何ですか?そして未来の子供たちに何を残したいですか?
- NHKは日本放送協会の登録商標です。
- 小岩井農場は小岩井農牧株式会社の登録商標です。
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