「上野界隈」
~魅力ある文化エリアへ~
2026年02月04日
執筆:営業統括 西山 正人

【上野の思い出】
上野の思い出と言えば、娘が小学生の頃、娘の友達2人を引率して国立科学博物館へ行ったことです。何やら学校の先生になったような緊張感と、ワクワク感がありました。しかしながら、後半になって私自身は、地球、宇宙、生命、進化、科学技術の発達などあまりの膨大な情報量に疲れてしまったのを覚えています。ただ、多分子供たちは、柔軟な感性で壮大な46億年の地球の歴史を感じ、多様化した生物の生態系を目の当たりにして、共に地球号という大きな船に乗っている感覚を持ってくれたのではないかと思うのです。
もう一つの思い出は、2011年の東日本大震災です。2日目になっても交通機関は麻痺して家に帰れずなんとか上野までたどり着き、東京文化会館のなかで一夜を過ごしました。前日観た津波の映像がフラッシュバックのように頭の中で繰り返され、家族の顔が浮かび眠れない夜を過ごすことになりました。
あれからずいぶんと月日が流れましたが、上野に訪れている人たちの楽しそうな笑顔を眺めていると、平和の大切さを改めて強く感じます。
上野界隈は、歴史や芸術の集積地であり、博物館や美術館、動物園、芸大など多くの施設があります。今回はその一端を紹介し、魅力をお伝えすることができればと思います。
【東叡山寛永寺と天井絵】
もともと上野公園(上野恩賜公園)は、寛永寺の境内でした。徳川家の安泰と万民の平和を祈願するため1625年に江戸城の鬼門(東北)にあたる上野台地に徳川将軍家の菩提寺として建立されました。東叡山の名は、平安京の鬼門にあたる比叡山延暦寺を模しているとされていますが、寛永寺は幕末の戊辰戦争の折、江戸で唯一戦場となり(上野戦争)、寺を含め多くが消失することになりました(1868年)。

寛永寺
現在の寛永寺根本中堂は、1879年に再建されたものですが、2025年は建立400年に当たるため、象徴事業として手塚雄二画伯の手によって天井絵「叡嶽双龍」が描かれ奉納されました。2年以上に及ぶ制作の過程は、NHKの日曜美術館で放送されましたが、実際に現地で天井を見上げると阿吽の双龍が天から舞い降りてくる様子が迫力をもって迫ってきます。私にはこの双龍が平和をもたらすものというより、平和を迫るもののように感じられました。それは、江戸城の無血開城を成功させながらもその後、この上野で血を流すことになったことを思い、西郷隆盛の銅像の後ろにひっそりと佇む彰義隊の墓をお参りしたからなのかもしれません。

彰義隊の墓
【国立西洋美術館と松方コレクション】
上野にはいくつか美術館がありますが、収蔵作品数が一番多いのは国立西洋美術館です。その設立経緯も含め紹介します。
以前執筆した倉敷の大原美術館を開館した大原孫三郎氏と同様に、川崎造船所初代社長である松方幸次郎氏もまた、西洋美術を収集し、日本の若手芸術家や国民のために、本物の西洋美術を鑑賞できる美術館を日本に設立したいという高邁な理念を持っていました。1910年代半ばから、1920年半ばまでフランス、イギリスを中心に約3000点収集しましたが、業績不振や戦争により散逸・消失あるいは焼失し、また約400点が第二次世界大戦末期にフランス政府に没収されました。その後フランス政府は寄贈返還にあたり、受け皿となる美術館を設立することを条件としました。国立西洋美術館は受け皿として1959年に設立開館したものです(その後2016年世界遺産に登録されました)。
「原田マハ著:美しき愚かものたちのタブロー」には松方氏が収集にあたり、印象派の巨匠モネの家に赴き直接購入したときのこと、第二次世界大戦でドイツ軍から絵画を守るために奔走して、パリから疎開させた日置釭三郎氏のこと、また、敗戦後サンフランシスコ講和会議の際に吉田茂首相がフランス外務大臣との絵画返還の交渉を行ったこと、国立西洋美術館の開館の時に多くの人が詰めかけたことなどがドラマチックに語られています。マハさんはキュレーターでもあるだけに特にアート小説は秀逸です。ご興味のある方は、ぜひご一読ください。
国立西洋美術館では、昨年10月25日から今年の2月15日まで「オルセー美術館所蔵 印象派―室内をめぐる物語」が開催されていました。オルセー美術館には松方コレクション寄贈返還時にフランスに留め置かれた絵画(ゴッホ作:アルルの寝室をはじめ20点前後)があるようですが、今回の企画展には出展されていませんでした。しかし、「モネ作:睡蓮 柳の反映」(国立西洋美術館蔵)が順路の最後に展示されていました。本作は松方コレクションでしたが行方不明となり2016年ルーブル美術館で発見され返還されたものです(カンヴァスの半分以上が失われていた)。数奇な運命をたどったこの作品が歴史の証人として展示されることには大きな意味があるのだと思います。また、今年はモネ没後100年にあたり、国内外でさまざまなイベントがあるようです。モネにどっぷりと浸かる1年もいいかもしれません。
余談ですが、松方幸次郎氏は、海外に流出した日本の文化財を買い戻す目的で、約8000点の浮世絵を収集しました。この浮世絵は、現在東京国立博物館に収蔵されており、現在所蔵する9万点の浮世絵のなかで質・量ともに中核をなしているそうです。
【国立科学博物館・大絶滅展-生命史のビッグファイブ】
冒頭の国立科学博物館では、昨年の11月1日から今年の2月23日まで「大絶滅展」が企画展として開催されていました。地球史のなかでは、通常100万年毎に10%程度の種が絶滅すると考えられているそうですが、短期的に75%以上の分類群が絶滅したとされる現象が過去起こっていて最も大きな絶滅現象5つをビッグファイブと呼び今回の展示となっていました。
約4億5千年前の❶「オルドビス紀末」から、❷「デボン紀後期」、❸「ペルム紀末」、❹「三畳紀末」、約6600万年前の❺「白亜紀末」までの5回の絶滅は、巨大火成岩岩石区(Large Igneous Province:LIP)の大規模火山活動(「白亜紀末」は+小惑星衝突)を原因として、短期的には寒冷化(エアロゾルによる日傘効果)、長期的には温暖化(温室効果ガスの蓄積)という現象を引き起こし、種の絶滅とその後の新たな繁栄を繰り返してきました。三畳紀末から恐竜が台頭し、白亜紀末に絶滅したことは象徴的です。
現在進行している温暖化は、人類の化石燃料の燃焼により非常に短期間にて進行している気候変動です。過去の教訓では一度壊れた環境の回復には数万年から数百万年という時間を必要としてきたということですが、今回の展示は私たちホモ・サピエンスという種への警鐘のようにも感じました。

国立科学博物館
【おわりに・文化を繋ぐもの】
上野界隈は、江戸時代以降、文化の集積地として重要な役割を担ってきました。
東京国立博物館の本館で古来からの日本の美術品を鑑賞し、同東洋館でアジアの仏像や彫刻、美術品を鑑賞すると、その類似性から長い年月をかけて伝来した歴史の雄大さを感じ、また、アジア大文化圏を感じることで、理解しあえる共通言語を見つけたような気持ちになります。
また、印象派に大きな影響を与えたジャポニズムは、実際に美術館の西洋絵画のなかで確認することができ誇らしく思うとともに、現代でもアニメやボーカロイド音楽、小説など世界に影響を与え続ける日本の文化基盤の底力を感じ、上野界隈も少なからず影響やインスピレーションを与えていると感じました。
上野と言えば、春になると多くの人が花見に訪れますが、もともと上野の桜は寛永寺建立の時に天海大僧正が奈良の吉野山からヤマザクラを植樹したことが起源となり、江戸随一の桜の名所となりました。明治維新の上野戦争で焼失した後、地域の人々によって植え継がれ現代に至ったということです。
多くの文化を継承し発展してきた上野、今では海外からも大変多くの方が訪れ文化の発信拠点となっています。ここに訪れた人は、この地で多くの文化が守られていること、また、未来に向かって新たに継承されていることを感じることができます。そして自分たちも継承者の一人であることが確認されるのです。
まずは、上野界隈を散策し、興味を引いた企画展に参加し、その文化の香りを感じられてはいかがでしょうか。きっと新たな出会いがあるはずです。
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