「酒を語る」
~醸造所で見つける“推し”とは~
2025年11月17日
執筆:営業統括 西山 正人

【お酒の思い出】
誰しもお酒に関わる思い出は多少あるのではないでしょうか。しかし、記憶に残っているのは、泥酔や、ひどい二日酔いかもしれませんね。
私が真っ先に思い出すのは、初めて二日酔いをした姉の結婚披露宴の記憶です。当時父に健康上の課題があり、父に替わって、披露宴に来ていただいた方々にお酒を注いでご挨拶をして回るように頼まれました。お酒を注ぐと、返杯される習慣があり、生真面目に飲み干していました。一周回るともう一周と挨拶を重ねるうちに披露宴は4時間を超しており、最後は酔いつぶれた記憶と、翌日夕方までのひどい二日酔いの記憶が残りました。
本来、人は失敗したり、痛い目に合うと学習し避ける行動に出ると思うのですが、ことお酒に関しては、同じような過ちを繰り返しているような気がします。これはなぜなのでしょう。痛みを超える報酬があるのでしょうか、或いは遺伝子レベルに擦り込まれた生きる知恵なのでしょうか?お酒の周辺を少し歩いて謎に近づけたらと思います。
【進化と遺伝】
アルコールへの適応は、人類とゴリラ、チンパンジーの共通祖先が森林の木の上から地上生活に場を移した頃より始まったという事です。地面に落ちた果物は自然発酵しアルコールを含んでいますが、地上生活メンバーは、※ADH4遺伝子の変異により、研究によればアルコールの代謝効率が約40倍も向上することに成功したようです(約1000万年前のこと)。発酵した果物という新たなカロリー源の獲得は生存競争の一助となり、さらに、飲酒の集団的同調能力により、後の人類隆盛に繋がることになったようです。
アルコールの分解により①[アルコール]+(酵素ADH)⇒②[アセトアルデヒド(有毒)]+(酵素※ALDH)⇒③[酢酸(無害)]⇒④[二酸化炭素][水][エネルギー]と生成されていきますが、特に酵素のタイプ(遺伝)により、アルコールへの耐性に差がでるようです。特に①が進み②が進みにくい人は、アセトアルデヒドの分解が進まないタイプ(お酒に弱い)となり。この体質は東アジアに多く見られるのですが、日本へも弥生時代に朝鮮半島から伝わったと考えられています。一見残念な体質にも思えますが、稲作により発生する「蚊による疾病」を遠ざける体質だという説もあり、進化上獲得できた資質とも言えます。また、アルコールに強い体質に起こりがちなアルコール過剰摂取による肝疾患や心血管疾患、アルコール依存症などのリスクが少ない分メリットにも思えます。
【健康効果とリスク】
一方お酒を多くたしなむ人は「酒は百薬の長」という言葉をよりどころにします。確かに健康面での効用として、例えばワインだと、赤ワインに含まれるポリフェノールは突出しており(緑茶の6倍)その抗酸化作用は、心血管疾患、癌、生活習慣病等の予防効果が期待され、かつてフランス人のワイン効用は「フレンチ・パラドックス」(バターなどの飽和脂肪酸を多く摂取するにもかかわらず、心臓病の死亡率が低い)と呼ばれていました。
また、ビールについては、ホップに含まれる苦み成分「イソα酸」がアルツハイマー病の予防や認知機能の改善につながる可能性が複数の研究で示唆されています。日本酒には豊富に含まれるアミノ酸による美肌効果、ペプチドによる血圧上昇を抑える効果などがあるようです。
いずれの効果も、健康に配慮し適量をたしなむということが前提となりますが、適量について整理しますと厚生労働省が定める「節度ある適度な飲酒」の目安は、一日平均で純アルコール量約20g程度(女性は10g)とされています「ビール中瓶(1本)、日本酒(1合)程度」。(充分と考えるか、少ないと考えるかは人それぞれですが…)
また、もしも、お酒を飲むことが人生の幸せだとすると、どうも幸せには限りがあるようです。限りとはアルコールを分解する肝臓の処理能力の問題ですが、生涯処理可能の純アルコール量は概算で1トン(女性は500kg)だそうです。厚労省目安の20g/日で計算すると、約137年となり余裕を感じますが、3倍飲んでしまうと約46年(20歳から飲み始めて66歳までとなる)という計算になります。
また、酔いの状態は、肝臓では処理しきれないアルコールが全身を駆け巡り脳の細胞を抑制する状態で、脳の大脳皮質/前頭葉の抑制(ほろ酔い)⇒小脳の抑制(酩酊)⇒海馬の抑制(泥酔)⇒延髄の抑制(昏睡)と、脳への影響の深さによっては笑い話では済まされない死への道となってしまうことも認識する必要があります。
それでもお酒を飲みたくなってしまう1つの要因は、お酒を飲むと脳内で神経伝達物質であるドーパミンが放出され強い快感や満足感を得られることにあります。社会生活を営む中で感じる孤独感や、焦燥感、また、ストレスからの解放にはさまざまな方法がありますが、お酒はある意味合法的に解消できる強力なツールなのかもしれません。それだけに、お酒の持つリスクを回避し「楽しく付合う」方法を確立させたいものです。
【醸造所訪問体験】
楽しい付合い方の一つに、醸造所へ行って違う形でお酒とお近づきになるというのは如何でしょう(それは、化学反応だけに頼らず、お酒の製造工程を知ることで好奇心を満たし、試飲で味と香りをじっくり楽しむ)。
私は沖縄に行ったとき首里城の近くの泡盛の醸造所に行き見学させていただきました。泡盛はほぼ焼酎と同じような製造工程を経る蒸留酒ですが、大きく違うところは、原材料が、黒麹菌とインディカ米(タイ米)を使うところのようです。高温多湿で雑菌を防ぐためクエン酸を生成する黒麹を使い、また、それに合う米を使うことにより独特な香りと酸味のある風味を持っています。当然のことながら沖縄料理との相性は抜群ですっかりファンになりました。余談ですが沖縄といえば「風のマジム」(原田マハ著)が今年映画化(伊藤沙莉主演)されました。沖縄産のラム酒を作る話で、ストーリーに魅了され、沖縄のサトウキビ畑とラム酒の醸造所へ行って味わいたくなりました。
ビールは、古代エジプトとメソポタミアで誕生した歴史ある醸造酒ですが、現代の大手ビール工場の見学は楽しい体験です。見学しているとまず広大な敷地に比べ従業員の方が少ないことに驚きます。生産ラインの自動化と効率化が驚くほど進んでいるのだと思いますが、それ以上に驚くのは、試飲させていただいたビールのおいしさです。苦みに嫌みが全くなく「ビールは鮮度が命」を本当に実感します。最近クラフトビールの醸造所が増加傾向にあると聞きますが、地域に根差した個性と、出来立てが味わえる環境が魅力なのだと思います。
私は、個人的には日本酒が好きで、新酒を味わえる「蔵開き」に幸せを感じます。搾りたての新酒の試飲や、限定酒の試飲・購入が可能で、酒蔵ごとに個性を持つ日本酒に特別感を感じます。また、もともと焼き物に興味があり、「ぐい吞み」収集を趣味にしているのですが、家で日本酒を楽しむときには、お酒そのものに加え、器の風合いや、買った時の旅の記憶も加えて楽しむことができ、これもまた至福の時なのです。

【日本酒の現状】
最近の日本酒は、香りも豊かで、ワインのようなフルーティなものも増え、日本酒を中心に据えた居酒屋等に行くと女性の愛酒家も増え、賑わっているイメージがあること、また海外でも日本酒の評価が高くなっていることから日本酒の出荷量は増えているものと思い込んでいました。
しかし、実際には1973年を最盛期に、長期的に減少傾向にあり、昨年度は約38万klと約4分の1となっているようです(酒蔵自身も昭和初期の約7,000蔵から、2023年には約1,100蔵に減少)。減少理由としては、生活様式の変化/若年層の嗜好変化/他の酒類の台頭/飲酒機会の減少/飲酒人口の減少など複合的な要因のようです。
一方輸出量は、海外での日本食ブーム等を背景に増加傾向で、昨年における日本酒の輸出先は80か国、全出荷に占める輸出の割合は1999年(0.7%)⇒2024年(7.6%)という状況で、国内市場が縮小する一方で、海外市場での人気は高まっており、輸出に力を入れることで新たな活路を見出そうとしているようです。
【おわりに】
お酒は、人類の隆盛に寄与した大切な宝物です。お酒を尊重しつつ、健康へのリスクを配慮した付き合い方として、今回は、醸造所をめぐり“推しのお酒”を探す旅を提案させていただきました。これはいわゆる“推し活”です。この“推し活”で巡り合えたメンバーとは多分深い絆で結ばれるのではないでしょうか、何故なら“お酒”はコミュニケーションを潤滑にし、一歩進んだ関係性を築く力があるからです。
私としては“推し活”を進めるなかで微力ながら日本酒を応援し、また、お花見や、忘年会、お屠蘇や、月見酒のような失われつつある文化を継承していきたいと思います。
- ADH(アルコール脱水素酵素)、ALDH(アルデヒド脱水素酵素)
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