“マイケル・ジャクソン”に負けたあの日
~お客様、ITベンダーを幸せにするソリューションを考える

執筆:役員室 上田 雅章

さて今回はITのお話。
IT業界では“ソリューション”の花盛りです。しかし、ソリューションとはいったい何なのでしょう?
その昔、私はこのソリューションと言う難物に打ちのめされた経験があります。
当時は“ソリューション”という言い方はありませんでしたが、過去の経験を通して改めてその本質を考えてみました。

デパート向け映像情報システムの提案、高評価であったのだが…

時はバブルの絶頂に向け日本中が高揚していた1980年代半ば。ある有名百貨店から、大改装する旗艦店に導入する映像情報システムの提案依頼を受けました。

当社の提案チームは、空港やショッピングセンターなどの多数の映像情報システムを構築した実績がありました。今回は新装開店のデパート、我々は張り切って“お客様と店・売り場を映像で一体化する”というコンセプトで検討を進めました。
当時、今のような薄型大画面の液晶ディスプレイはなく、モニターは37インチCRTが最大。100インチクラスの投射型プロジェクターはありましたが、低輝度で周囲を暗くしないと見えない。映像信号はアナログで、LANは有線ですら普及していない。
ハードウエアの制約はありましたが、私たちは当時の技術を最大限インテグレートし、多彩な表示装置とビデオ信号によるシンプルなネットワークを組み合わせ、真っさらなデパートを映像で包み込むシステムを提案しました。
お客様へのプレゼンは大好評。新店舗を華やかな映像で溢れさせられると高く評価いただきました。

しかし、このコンペ…、受注できませんでした。

マイケル・ジャクソンに負けた

受注したのは我々がライバルとは見做していなかったA社。
なぜ負けたのか? 営業課長と共にお客様を訪問し、勉強させてほしいとA社選定の理由を聞きました。
お客様の新店準備室長によると、我々の敗因と言うよりA社の勝因は、“マイケル・ジャクソン”。
「みなさん、マイケル・ジャクソンを知っていますか?」 提案説明の冒頭、A社のSEは開口一番こう言ったそうです。
「ご存じない方は、私の提案は理解できないでしょうからどうぞお引き取り下さい…」
これには大会議室に集まったお客様の新店準備室の老若男女、十数名が一瞬固まったそうです。
当時(80年代後半)、マイケル・ジャクソンは40代以上の方にとっては馴染みのないアメリカのポップスターでした。
静まり返った大会議室。A社のSEはこう続けます。
「みなさんは“時代の最先端”ではなく“時代をけん引する”、ブランニューの店舗を創られようとしている。新店計画書には、“ショッピング空間”ではなく“カルチャー空間”を創造すると書いていらっしゃる」
「であれば、映像情報システムの役割は、最先端の機器でお客様にファッショナブルな映像を提供することではない。この店でマイケル・ジャクソン、つまり自分の知らない“新しいカルチャーと出合う”、その機会の提供ではないか。映像を使ってお客様とみなさんが行う“カルチャー空間創造のコミュニケーション”に、我々A社も一緒に参加させていただきたい。」
一瞬の沈黙の後、拍手が起こり、提案説明会はそのままアイデア会議へと進んでいったとのこと。

お客様の室長はこう付け加えられました。「今回は残念でしたが、御社(我々)の提案も非常に良かった。今回はA社をプライムとするがシステムが少々弱い。この先、御社の機器・システムを組み合わせることも考えたいのでよろしく。」

同行の営業課長は、機器やサブシステムが売れる可能性ありと喜びましたが、私はへこみました。
A社の勝因は、お客様の“要求・要件に応えるシステム”ではなく“願望に迫るソリューション”でした。

システムインテグレーションか、ソリューションか

この商談の敗因は、我々提案チーム・部門内で議論となりました。
一つの立場、これが大勢でした。

【ニーズを具体化するシステムインテグレーション(SI)の提案】

  • そもそもお客様からの提案依頼(RFP:Request for Proposal)は映像情報システムのSI。
  • 今回お客様の映像情報システムの構想時点で、映像を何に使うかの検討が不十分で、RFPが不明瞭だった。
  • 映像を何に使うかのようなコンサル領域まで提案に含めても、メーカーである我々は対価を貰えずタダ働き。

もう一つの立場がありました。

【ニーズの背景にまで至る(今でいう)ソリューション提案】

  • システムエンジニアリングの本質は、複数の専門領域にまたがるアプローチを行い、手段を提供すること。
  • お客様のニーズを俯瞰し、場合によっては企画、デザイン領域まで提案に含める必要がある。
  • 広範囲な提案が必要と認識した場合、システム構築の提案・見積もりとは別に、映像活用にかかわる企画・デザインを商業デザイナーや映像プロデューサーなどを加えたチームを作り行う、これを別途見積もりとして提案すればよい。

当時これに結論は出ませんでしたが、私はソリューション型の提案を強く認識しました。

欲しいもの以前にやりたいことを理解し、幸せに至るソリューション

私が特に記憶に留めたのは、“お客様は自分の欲しいものを知らない、語れていない場合がある”と言うこと。
お客様がやりたいこと、欲しいものを認識されているのであれば、要求定義、要件定義へとシステム構築を進められます。この状況で願望の確認まで立ち戻ると、お客様との関係が悪化する場合すらあります。
一方、私のその後の別の経験でも、お客様は“何が欲しいのか”、それ以前に“何がしたいのか”を語れない、誤認されているのではと察せられる場合があります。そのような場合には、そのまま進めても本質的な意味でシステムは完成しません。

何が欲しいのか、何をしたいのか、最初の入り口に時間をかけお客様とベンダーで確認する。そして我々ベンダーは、“何”を抽出する段階では、自社製品や自前システムに拘泥せず、広い視点でお客様のニーズを俯瞰する。
これは、お客様とITベンダーの双方が『幸せ』になるために最も重要なフロントローディングのアプローチです。
私は、“ソリューションの提供”とは、お客様の願望を聞き出し共有することから始め、好適な回答を導き出すプロセス全体であると考えるのです。

そして決着のつかない、私のソリューション問題

さて私、一連のコラムでも書いていますが、よくお酒を飲みます。
ウイスキーは大好物で、ビールは食事の友です。ワイン、日本酒、焼酎、ジンにウオッカ、ラムやテキーラとも満遍なくお付き合いさせていただいています。
そんな私、お酒が好きなのでしょうか、それともお酒で気持ちよくなるというソリューションが好きなのでしょうか。
この謎の解明に既に数十年取り組んでいるのですが、いまだに答えが出ません。
やっぱり、ソリューションは難しい…。
そう思い悩んでいる横で家内が、「どうでもいいけど“禁酒日”増やすのが一番のソリューションでしょ」と呆れています。

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